【表現】誰にとっての「安全・安心」なのか?


 このところ重要だと考えている課題がある。「セーフティネット」の制度化を想定するときに「救うべき国民/排除すべき非国民」という分断線を引く声が強まっているのではないかということである。「年越し派遣村」が社会に大きなインパクトを与え、幾つかの成果をあげた一方で、派遣村の炊き出しに野宿生活者が並んでいたことに非難の声が多くあがった。メディアの論調の中にも「働く意欲や能力がある若い男性が正規職に就けないことは国家の損失である」というものが多い。
 だが労働/生存組合の活動をおこなっていると「人は努力してもどうしようもない場面に直面することがある」ということが判る。「働く意欲」などは厳しい場面に遭遇すれば萎えてしまうものだ。労働/生存相談において当人の「働く意欲」などを問うて交渉の可否を線引きしてしまえば本末転倒である。逆に労働/生存組合では「働く意欲」「能力」「年齢」「性別」「門地」「国籍」を問わず「全ての人が自由と生存を享受する」という論にたどりつくだろう。それは当然に有限な資源をもとに運営される諸制度・諸団体の経営論理と衝突する。生きるために必要な資源を無条件に要求する思考と分配対象や意思形成過程に線引きをおこなう思考とは根本的にぶつかるのである。
 「新自由主義」というものが過去の野蛮な資本主義への先祖がえりではないのは、この“線引き合戦”に「市民」が自発的に参加するメカニズムを内包しているからだという論考がある。これは運動体の中にいても実感する重要な論考である。「セーフティーネット」などの制度的措置を運動体が活用するときは必ず「適用される人・団体」が腑分けされるのであるから。もちろん、現実の問題として内実の伴う「セーフティネット」を検討し、適用範囲を広げる運動をおこなうことも大切である。だが、無前提に「セーフティネット」に乗ってしまえば、万人が市場競争に参加することを前提に、競争から転落した人を拾い上げるという原則が強まる。
 また「新自由主義」は、このような経済領域だけでなく、政治活動や文化表現領域での“線引き合戦”にも巧みである。突然、都議会で浮上した「安全・安心まちづくり条例」の改定は、あれよあれよという間に委員会を通過し、3月27日には本会議で通過しようとしている。この条例によって、解雇や不払いなどの犯罪をおこなう企業への労働/生存組合、反貧困運動などの抗議行動、フリーター労組が得意なパフォーマンスが「地域住民の安全安心を脅かす迷惑な行為」だとして取り締まり対象になる。誰もが何らかの意味で「問題」だと思うだろう「秋葉原事件」を条例改悪の理由として引用し、地域住民の不安を煽り活用する。こうして安全安心を求める「市民」が制度運用の主体になる。しかし一方で商業宣伝や企業活動に加担する政治活動は黙認するというダブルスタンダードである。もちろん安全安心を求める「市民」には警察が随伴しているのである。
 写真は、委員会採決の日に都庁前にて有志緊急行動をおこなったものである。お隣に写る旗は、都立病院の廃止に反対する団体のもので、趣旨や運動論も異なるが、お互いの話し合いで「20分交代で」場を共有しあったものである。規制を前提とせず、民衆同士が話し合い、問題を解決する。こうした積み重ねが冒頭に述べた分断を乗りこえ、「新自由主義」に対抗する力を形成するのではないか。そして「全ての人が自由と生存を享受する」社会を絵空事ではなく、具体的な現実のものにしてゆく過程になるのではないだろうか。
 「新自由主義の行き過ぎ」が政権与党からも言われ、「セーフティネット」を誰もが否定しなくなった今こそ、様々な領域に引かれようとしている分断線に注視しなければならないと考えている。



「安全・安心まちづくり条例」の改悪に反対する
東京都はパブリックコメントの結果くらい反映しろ!
「安全・安心まちづくり条例」の改定案が17日にも都議会に提出され、27日には本会議で採決、4月1日から施行されようとしています。今回の改定は、繁華街への来訪者を含む「事業者等」に「繁華街等の安全・安心を確保するために必要な措置を講ずる」努力義務を課すものです。そして何を規制対象とするかは地域住民と事業者、警察などで構成する「協議会」が作成する指針に白紙委任されています。

 今回の改訂が実施されれば、ストリートミュージシャンパフォーマーの表現が規制されるだけでなく、不当解雇や賃金未払いを続ける事業者(!)に対して、労働組合が取り組んできた社前での宣伝や署名活動、チラシ配りなども規制されます。たとえば京品ホテル争議のように組合が社前で街宣をすれば、たちどころにこの条例違反になるでしょう。

 これでは事業者の不法・不正があっても、組合はそのことを社会に訴えることができなくなります。劣悪な経営をのさばらせる今回の条例改定に私たちは断固反対します。

2009年3月17日

http://d.hatena.ne.jp/spiders_nest/20090317/1237281184