解雇をめぐる問題について


文藝春秋4月号」竹中平蔵氏と三木谷浩史氏の対談

すでに多くの人がこの対談について言及していますが、この対談だけではなく、日本の労働市場や雇用ルールについての政策論議や「追い出し部屋」などの労働問題について、取材が増えていることから、少しだけ書きたいと思います。

竹中「労働市場にも、健全な競争がないわけです。日本の正社員は世界で最も守られていますが、これは、1979年に東京高裁で出した特異な判例があるためです。」

三木谷「一度雇用されれば、正社員というだけでどんなにパフォーマンスが悪くても、怠慢でも、一生賃金を得られる。これはどう考えていもおかしい。・・・」

一体どこの国の話をしているのでしょうか?


■日本は解雇し放題の国である

労働相談を地道に受けている人なら誰でも分かることですが、日本では野放しに解雇が横行している実態があります。厚生労働省が発表している労働局・労基署など総合労働相談コーナーでの労働相談件数は4年連続で100万件を超えています。そのうち解雇が占める割合は常にトップです。ここ10年では18.9%〜29.8%を占めています。また雇止めや自己都合退職や採用内定取り消しといった雇用終了に関する相談が10%近く。解雇と関連性が深い退職勧奨やいじめ・嫌がらせの問題が最近ではあわせて20%を超えています。さらにリコーのリストラのように、出向配転で嫌がらせを行い、自己都合退職に追い込むケースもあります。こう考えると年間50万件以上が解雇に関連する相談だと言えます。

厚生労働省平成23年度個別労働紛争解決制度施行状況』
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000002bko3-att/2r9852000002bkpt.pdf

さらにこれ以外にも、自治体の労働相談情報センター(労政事務所)や、もちろん私たちユニオンや労働弁護団の相談でも、解雇についての相談は大きな割合を占めています。東京管理職ユニオンでは、年間に電話相談が1000〜1500件ぐらい、来所相談が300件ぐらいあります。そのうち解雇や退職勧奨・退職強要に関する相談が半数以上を占めているのが実情です。

■中小企業での解雇相談は、経営上やむを得ないものより、いい加減なものが多い

「中小企業では経営上やむを得ない解雇が多いのでは?」という質問をいただくこともあります。しかし様々な労働相談内容を見れば、極めていい加減な解雇が多いのです。単なる経営者や上司の好き嫌いであったり、仕事上の提案をされたことが気に入らないといったいい加減なものも多いのです。パワハラやセクハラが伴うものも後を断ちません。外資系であれば、後ろ盾になっている人が退社した途端、所属セクションそのものがクローズされることもあります。多くの支援や報道をいただいている調布・府中のガソリンスタンド“偽装倒産”事件も、仕事を仕切っていた従業員たちが法令遵守を経営者に訴えたところ、経営者が会社そのものを潰してしまったものです。本業が黒字なのに何の話し合いもなく、紙切れ一枚で全員解雇です。

↓マイニュースジャパンの記事から
http://www.mynewsjapan.com/reports/1774

■解雇をめぐる混同

解雇の議論でよく混同されるのは経営危機に際しての「整理解雇」と労働者の非違行為や能力欠如を理由とする「普通解雇」です。冒頭の竹中・三木谷対談でも竹中氏は「1979年高裁判例」について言及しています。(これはおそらく整理解雇事件である東洋酸素事件を指すものであろうと言われています。)ところが三木谷氏は「パフォーマンスが悪い云々」という「普通解雇」について言及しています。
解雇はそれぞれに背景事情が異なります。実際に企業が経営不振であった場合、企業が従業員とも話し合いながら万策尽きたとき、リストラに踏み切ることはありえると思います。一方でリコーのようにリストラについて経営上の必要性が説明されていないにもかかわらず強行されたケースとを一緒に議論はできません。

↓リコーユニオンのブログ
http://ameblo.jp/mu-ricoh/

一方で「パフォーマンスが悪い」と三木谷氏が言う理由で実際に多くの企業が解雇しまくってます。その内容も私が受けてきた相談の中には、元々能力評価し難い業務内容(個別成果主義評価しようがないマネジメント部門もあるし、チームワークで評価すべき部門もある)で合理性の欠ける評価をされたり、上司による恣意的な誤った評価がなされたり、PIPなどによる無理難題が与えられているケースも多いのです。中には、上司が自らの地位を維持するために、難癖をつけてパフォーマンスが高い部下を低評価することもあります。積極的なプレゼンをすれば「協調性がない」。大人しくしていれば「積極性がない」など、「あーいえば、こーいう」のです。
つまり経営者(背景にある株主至上主義の問題もある)自身の方がパフォーマンスが悪い場合もあるわけです。経営者としての責任も問われず、労働者に皺寄せしているケースも一緒くたにして、「解雇無効後、金銭解決」とは言語道断でしょう。

■解雇を裁判で争うと2年近くかかるし、仮に解雇無効を勝ち取っても職場復帰できるとは限らない

いざ解雇を裁判で争うと2年近くかかります。短期間で決着がつく労働審判は、解雇そのものの有効性・無効性を判断するものではなく、多くが“金銭解決”です。職場に戻ることを目指しても、会社側が審判に対して異議申し立てすれば裁判に移行してしまいます。住宅ローンや親の介護や子供の学費などがかかる働き盛りのサラリーマンにとって、2年にも渡って争うことは至難の業です。さらに「就労権」が確立していない日本では、解雇無効の判決を取っても、職場復帰を保障するものではないのです。東京管理職ユニオンで昨年2年4ヶ月ぶりに職場復帰したケースは職場に支援する仲間がいたからこそ実現できたもので、全体の中では数少ないものです。

■大企業の中には、名目上解雇せず、様々な手法を用いて事実上“解雇”しているところも増えている

昨今、人事労務部門を有して、訴訟リスクを対策する大企業では、コンサルや経営側弁護士の指南を受け、日本の労働法上のグレーゾーンを突いています。すでに何度もこのブログや書籍の中で書いていますが、「追い出し部屋」「PIP」「キャリアコンサルタント会社」「ロックアウト」「産業医」などの手法です。日本において業務命令権が強固であることを活用し、従わなければ懲戒対象となるとして、無理難題や屈辱的な課題を与えたり、本人のキャリアデザインの為と称して、追い込んでいくのです。あるいは物理的にオフィスから排除するわけです。実態を見れば、この点に限定すれば「解雇規制の緩和」ではなく、昨今の最新事例に沿って「解雇規制を強化」することが必要だと言える面もあります。

労働市場、雇用ルールの行方をどのように展望するか

一方で、多くの識者が指摘するように、日本の労働市場の特殊性は存在します。いわゆる「メンバーシップ型社会」といわれる強力な配転権を有した会社構造もそうです。賃金市場においては同一職種であっても「正規」と「非正規」との間に賃金格差が極端にあることも特徴です。そもそも高度成長期に、男性労働者の所得を主要に据え、家事労働やパート労働を女性が担うというモデルで設計され、国家の税制や社会保障も組み立てられている前提が今日の構造変化の中で変容が迫られている問題もあろうかと思います。政策は総合的なものですから、一つをいじくればいいものではないでしょう。必要な規制と緩和すべき規制があると考えます。
労働者協同組合出身である私は、折に触れて書いていますが、労働組合運動が母体となる仕事おこしや職業訓練やコミュニティづくりが必要であると考えています。残念ながら日本では根拠づける法制度がありません。経済危機に瀕したアルゼンチンでは、倒産状態等の企業において過半数以上の労働者が労働組合に結集し、事業存続を望んだときに、これに経営権を与え、債務について一旦州政府が預かり、30年など長期にわたって返済する制度を確立しました。これで300社以上の企業が再建されたと聞きます。一昨年日本でもヒットしたイタリア映画「人生、ここにあり」もそうした取り組みの一つです。アメリカで始まっている“新しい労働運動”も職業訓練社会保障、スペイン・モンドラゴン労働者協同組合との連携を行っています。
現在、東京管理職ユニオンで取り組んでいる先述したガソリンスタンド(株式会社柴田商店)は、これを目指しています。この件では、破産の無効を求めて東京高裁に即時抗告を打ったのですが、棄却されました。裁判所の文章には以下のように書いてあります。

「すなわち、企業経営者には、営業の自由の一環として企業を解散し、清算する自由があり、労働組合法7条における不当労働行為の禁止等の規定もこの自由を制限するものではない。」

現在の法制度では不当労働行為など不純な動機による企業倒産も認められてしまいます。私はこの点については、ある意味「規制緩和」すべきだと考えています。無責任な経営者による怠慢で会社を傾かせているケースも多くあります。その一方で、労働者が立派に事業能力を有し、顧客や取引先との対応で信頼関係を築いているケースは多々あります。こうした主体に法的権限を与えることも、雇用創出とコミュニティにおける必要不可欠なサービスを存続させる方途の一つでしょう。

解雇問題は、こうした広範な論点の中で、建設的な議論をしなければならない筈でしょう。万事解決する“魔法の杖”などないでしょう。全面的な「規制緩和」でもなく、「規制強化」でもなく。